『好奇心の海にドボーン!』
「カメムラさんちに泊まりにいってきま〜す!」
枕とタオルケットをつかんで飛び出す。
めざす二軒先の老夫婦宅は、
5歳の私には最高のホームステイ先だ。
からだが弱いおじさんのために柔らかく炊いたごはんも、
おばちゃんの『河童の三太郎』を聴きながら眠る夜も、
いつもと違う楽しさがあった。
「ここから幼稚園に通いたい」
友達のゆかりちゃんちに居候を続けたこともあった。
大工の棟梁である豪快なお父さんと三姉妹がいる彼女の家は、
サラリーマンの我が家にはない新鮮さがあり、
しばらくそこから幼稚園に通った。
日常と違う流れの渦に飛び込む。
それがたまらなく楽しくて、両親を説得しては小さな旅をしていた。
小学生になっても勉強など殆どせず、
森や原っぱで虫や石と夢中で遊び続けた。
さらに世界を広げてくれたのは読書だった。
庭にこしらえたダンボールの家に寝転び、
本の世界に100%浸る。
「あたしは自分のほか、だれにもなりたくないわ」
次々と問題を起こしながらもそう言い放つ『赤毛のアン』に、
ちっともおりこうさんじゃない私は俄然勇気がわいた。
おとなになったらカナダで暮らそう!
中学生になり、初めて勉強を始めた。
カナダに住むのだから英語が必要だ。
先生の言葉も一つ残らず聞き、予習も復習も欠かさない。
英語も他の教科も伸び始めた。
そうして私は中学校の英語教師になった。
五島列島の片隅で教壇に立つ自分に、
アボンリーで教師となったアンを重ねた。
教師になってよかったことは、
こども時代の経験がまるごと活きることだった。
勉強がわからないこどもの気持ちも、
どこでつまずくかもだいたいわかる。
おとなだって間違えるし、凹みもする。
りっぱな先生にはなれないが、
私はそのひとつのサンプルとして、
こどもに接しようと決めた。
休みになると海外を旅し、
経験したことを写真とともに授業で語った。
そんな充実した教師生活をおくっていたものの、
35歳を過ぎたあたりから、心の中がザワザワし始める。
人生の折り返し地点を意識したとき、このままでいいのか?
と疑問がわいたのだ。
何か表現したい!
毎晩夜中に目が覚めては、わきおこる強い思い。
それが何かがわからず悶々として数年がたったある日、
職員室で回覧板が回ってきた。
文科省の海外自費研修制度が始まったという。
これだ!
40歳を目の前にして、迷わずカナダに飛んだ。
行けば何かが見つかるという予感に導かれて。
バンクーバー生活は発見の連続だった。
研修予定の10ヶ月はあっという間に終わり、
帰国を前にし、カナダに残ることに決めた。
まだこの国で吸収することがあるという直感をたよりに、
周囲の反対の中、
まずは跳べ!
とバンジージャンプの勢いで退職届を出した。
すると意気揚々と辞めたものの、
ビザがなかなか降りず、働けない。
毎日暇なので、カメラをぶらさげて、
街や森を歩き、島を旅
陽を浴びてきらめく山々。
湖をゆったりと泳ぐカナダグースの家族。
そのまんまの自分を生きる人々の飾らない笑顔。
美しいものはそこかしこにあった。
無我夢中になって毎日シャッターを切っては、
日本の友人たちへブログでシェアした。
読む人が元気になるものをと、
毎日何かしらおもしろいものを探す習慣がついた。
そういう視線で外に出ると、おもしろい何かに遭遇する。
自分の心臓の鼓動と世界が同じリズムを刻み始めた。
気がつけば、18年間チョークを握っていた手には、
カメラが馴染み、出逢いの連鎖の中、写真の師匠にも恵まれ、
「撮って書く」が生業となっていた。
5年が過ぎ、日本に恩返しがしたいと思い立ち、
拠点を故郷長崎に移した。
初個展の知らせを聞き、
駆けつけてくれたのは、成長した教え子たち。
18年間で出逢った彼らが、世代や出身校を超え、
助け合い、陰で支えてくれた。
その後、さまざまな国を旅しながら撮影している。
フィンランドでは友人の姉の友人の家を数軒泊まりながら旅した。
初対面ながら、みな暖かく歓迎してくれた。
ある日森へ撮影へという時、モデルとなる4歳の女の子が、
突然しゃがみこみ地面をじっと見て動かない。
同行していた父親も黙ってその子を見ている。
不思議に思っていると、「彼女は蟻を見ているんだよ」と言う。
おおお!
なんて素敵!
この子の好奇心も見守る父親の心のゆとり!
静かに心の中で拍手した。
こんなふうに、写真や旅を通して、
本当の豊かさを感じる瞬間は本当にギフトだ。
旅の中、おっちょこちょいの私は時々ヘマをやらかす。
空港でチェックインするとき、
パスポートが切れていることに気づくなんてことも。
そんなときも心の真ん中にはいつもアンがいて、
旅や人生で迷子になりそうになると、
「どんな状況も楽しめばいい」
と笑いかけてくれる。
そんなこんなで、直感と想像力とユーモアとともに、
54歳の私は今もこども時代と変わらず、
好奇心の海にドボーンと飛び込んでいる。
(長崎ほいくだより 2019.3月号)




